夢でもいいから食べたい

三夜連続で、食べ物を食べる夢を見たことがある。

一夜目は、バターかハチミツか何かをたくさん塗った、厚切りの熱々のトースト。二夜目は、広島から届けられたという、黒豆が入った、両手にたっぷり収まるような、柔らかく大きなお餅。三夜目は、昔住んでいたアムステルダムに飛行機で着いて、中心地まで魯肉飯を食べに行く、というものだった。

なぜそんな夢を見たのか、理由は明らかだった。数年前から抱えている胃の不調で、数日間、現実世界でまともなものが食べられていなかったのだ。

胃の許容量が少なくなったのか、いつからか、うっかり食べ過ぎるとすぐに消化不良を起こすようになった。胃カメラをしても決定的な原因がわからない。漢方薬も試したけれど効いた実感がない。そんな時は、気分の悪さの気休めに太田胃散を飲んで、数食から丸一日以上、大人しく絶食する。数日食べなくたって死にはしない、と諦めて。私のプロフィール写真は、日本昔ばなしに登場するような山盛りのごはんをもりもり食べている姿だが、あれは、現実世界では決して叶わない、私の夢である。常に腹6分目に食事の適量を設定してからどのくらい経っただろうか。いつも頭のどこかで消化不良を恐れて、自制しながらする食事は、いつしか以前より楽しくなくなっていた。

数日食べなくたって死なないけれど、食べたくても食べられないのは、時に死ぬほどつらい。食べたい欲求があるのに食べられない、それは拷問だ。食欲は、人間の三大欲求の中でも、直接生命維持に影響するもっとも根源的で強力なものだと、実感を持って言える。栄養を摂るのであれば、点滴でしかるべき成分を投与すれば良い。しかし、食べたい「欲」を満たすには、食べ物を口に入れて、その匂いや味やテクスチャーを実際に味わう必要がある。

何によって人の食欲は満たされるのか。その問題にアプローチしたプロジェクトがある。アメリカのスタートアップ、Kokiri labによる「Project Nourished」。

© Kokiri lab

VRのヘッドセット、食べ物の匂いを出すディフューザー、咀嚼の振動を骨伝導で伝えるデバイス、モーションセンサーのついたフォークやナイフ。視覚、嗅覚、触覚、味覚を再現することで、仮想世界の中で食事を楽しめるようになる、というSF的でコンセプチュアルなプロジェクト。実際に食べるのは、寒天を材料にした、3Dプリンターで出力されたキューブ。ほとんどカロリーがないため、健康上の理由で摂取カロリーを抑えなくてはならない人には有効だ。これがあれば、小さい頃、絵本の中で読んだ空想の食べ物だって、現実世界での体験として再現することができるというわけだ。

© Kokiri lab

VRを使った食事は「まったく新しい経験」で、最初は、まるで赤ちゃんに戻ったかのように、食べるという行為や感覚を再定義しなくてはならない、とデザイナーは説明する。しかし、数回VRでの食事を繰り返すことによって、その新しい食事の法則に順応していくという。

このプロジェクトを、食べることの豊かさを台無しにしていると批判している記事もあるようだが、胃を壊し、食べ物が食べたいと藁にもすがる思いで願うこともある私は、幻でもいいから食べたい。食べることの豊かさ、そのものが取り上げられてしまった現実を離れ、夢の中でもいいから、匂いや味やテクスチャーが伴った食べ物を、好きなだけ食べる体験がしたい。

このプロダクトは、寒天でできた固形物を食べるわけだから、私のように物理的な食べ物を受けつけられなくなる症状には適用できないかもしれない。だが、ウェブサイトでは、特定の食べ物にアレルギーを持った人、加齢や障害で咀嚼能力が満足にない人などに、普段の制限なく食事を楽しんでもらえる可能性があるとしている。また、このプロダクトを人々が当たり前のように使う日が来れば、遠く離れた人同士、バーチャル空間で一緒に食事をしたり、宇宙空間にいる宇宙飛行士の日々の食事にも、より充実した食事体験を提供することができるだろうと提案する。

今はただただ夢物語のように聞こえるが、叶わない現実、どこか不十分で欠けたところのある現実が、仮想世界とイマジネーションで補える未来があるとしたら、私は体験してみたい、と思うのだ。